母と話したいなと思うことがあります。
大人になってわかったこと、母親になって気づいたこと、小さな頃の思い出など今だからこそ話せること話したいことがたくさんあるのです。
母は私が18才のときに病気で亡くなりました。私はひどい反抗期が長引いていましたし、両親ともに強硬なタイプだったこともあり、親子関係は消して良好ではありませんでした。闘病生活を通して以前よりまるくなった母と、反抗期の終わりかけの私。最後は少しずつ近づいて家族でいることができました。

母が教えてくれたこと
私が母から学んだこと、それは人生はあっけないほど短いということ。
母は早くに結婚して専業主婦になりましたが、子供たちに手がかからなくなると趣味を仕事に変え、忙しい毎日をおくっていました。
当時、私から見た母は自分らしさや女性としての生き方をいつも模索しているような人でした。それが45才で難病になり死を意識して、母は妻であること母であること、家族がいる毎日が何より尊いと言いました。
無菌室でガラス越しに会話していたときに、「家に帰って家族のために掃除機をかけたりご飯をつくりたい、それができないのが今とても悲しいし悔しい」と言いました。「色々やってきたけどもっと家族を大事に生きればよかった」とも。
母の仕事や生き方は死期を前にして感じたことで、決して間違っていたとは思いません。それでも家族中心ではなかった自分を後悔していました。いつもの家事や当たり前の日常が何より幸せなのだと言いたかったのだと思います。
私も妻になり母となって、母と同じ専業主婦をしていて平凡な毎日に焦りを感じることがあります。毎日の料理や掃除洗濯、子育てにぐったりする日もよくあること。
でもその度に母の言葉が頭をよぎるのです。ふつうの日常が何より幸せなことだと。
繰り返しになりますが、仕事をすることや自分らしさを大切にする生き方はとても素敵なことです。子どもたちはいつか巣立っていくし、子どもの人生は親のものではないのですから。
思春期以降は母と衝突してばかりでしたが、幼少期は楽しい思い出がいっぱいあります。
凝った料理やお菓子、友人を招いての誕生日パーティ、家族旅行など。母は後悔していたけれど、与えてもらったすべてのことに感謝しています。
だからこそ今、母と話したいのです。大人になった私とおばあちゃんになって、よりまるくなった母と。
今年は母が亡くなってちょうど18年。母と過ごした18年と同じ年月がたちます。
母のことを思うとき、娘とあと何年一緒にいられるかなと考えます。娘の成長をずっと見ていたい。娘が子どもを生んだときに里帰りさせてあげたい。孫を抱っこしながら、大きくなった娘といろんな話がしたいと思うのです。
定期検診は欠かしませんが、人の一生というか運命はすでに決まっている気がします。
明日どうなっても後悔しないよう毎日を全力で生きたい。家族の時間を大切にたくさんの思い出を共有したい。そして、いずれ娘にもおとずれる反抗期をうまくやり過ごしたいと思う私なのでした。